ミスターシービーで三冠を制した吉永正人騎手が逝去されました。まだ64歳という若さでした。
吉永正人騎手といえばミスターシービーが真っ先に挙がりますが、上記記事中にもあるとおりゼンマツ、コウジョウも思い出されます。
私的には、モンテプリンス、モンテファストの兄弟が忘れられません(さらに弟にモンテジャパンもいました)。モンテプリンスとモンテファストは、愚兄賢弟ならぬ「賢兄愚弟」と揶揄されました。
しかし、昭和59年の天皇賞(春)(このときミスターシービーは不出走)で、「賢兄愚弟」の汚名を返上しました。2着ミサキネバーとの連複(当時はもちろん枠連しかありません)3-7は万馬券決着でした。断然の1番人気(今はなき単枠指定)ホリスキーがハナ差3着に敗れたため波乱の決着となったのでした。
モンテファストは素質がありながら、脚部不安に苦しめられました。それだけにこの勝利は、吉永正人騎手にとっても嬉しいものだったのではないでしょうか。
もちろんミスターシービーは忘れようがありません。ダービーそしてそれに続く菊花賞の破天荒なレース振りは、忘れようとしても忘れられません。現在の競馬では引き起こせない興奮がそこにはあります。