西では京都牝馬S(G3)が開催されます。以前は京都牝馬特別でしたが、いつの間にか名前が変わってしまいました(調べたところ2001年からでした)。
昭和58年に秋から冬に施行時期が移されてから質が低下気味だったのですが、ダイイチルビーやノースフライトが勝ち馬として名を連ね、牝馬の重賞としてはかなりレベルが高くなっています。
個人的には、ポットテスコレディやリキアイノーザンです。
特にリキアイノーザンは、昭和63年末から平成元年春にかけて、阪神牝馬特別、京都牝馬特別、中山牝馬Sと牝馬限定3連勝を成し遂げ、さらに平成2年には斤量58kg(牡馬60kg相当)を背負って京都牝馬特別の連覇を成し遂げました。
まだエリザベス女王杯が4歳限定(現3歳限定)だったので、古馬牝馬には活躍の余地が限られていたことを考えると、たいへん立派な戦績です。
さすがに続く中山牝馬Sは2着だったのですが、このときの斤量58.5kgを考えると2着に粘っただけでも賞賛に値すると思います。
リキアイノーザンは、可憐な逃げ馬というよりは、重戦車のような逃げ馬だった印象があります。
なにしろ昭和63年の桜花賞で、人気の一角を占めていたスカーレットリボンのハナを叩いて戦意を喪失させてしまったのですから。
このときの桜花賞は、関東馬3頭(スカーレットリボン、シノクロス、スイートローザンヌ)が1~3番人気を占めていて、関西馬の関東馬に対する反感があったのかもしれませんが。
勝ったのは関西馬のアラホウトクで、2着も関西馬のシヨノロマンでした。河内騎手と武豊騎手の兄弟弟子決着でした。
関東馬は伏兵のフリートーク(フラワーCを勝っていたのですが、さほど人気は高くはありませんでした)が3着に頑張りました。フリートークは、この後のオークスでも直線であわやの4着でした。
秋のクイーンSを勝って故障を発症し引退してしまったのが、本当に残念です。今から振り返ると、この世代でも屈指の牝馬だったことが分かります。
今年の京都牝馬Sは、ハチマンダイボサツで決まりです。
「八幡大菩薩」、これほど神々しい名前はありません。